コラム

18歳から最前線で活躍!未来の松屋を引っ張る彼女が感じた、“松屋スピリット”に迫る。

みなさん、こんにちは!松屋の採用担当です。

すっかり暖かくなり、時には夏日のような暑さにも見舞われるここ最近ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
急な気温の変化に体がバテ気味…という方は、ぜひカルビやホルモンなど精のつくお肉を食べて体力を取り戻しましょう!

さて、今回は松屋が展開する店舗の中でも、特に高級な食材を扱う焼肉店「和匠肉料理 松屋」で働く後藤さんにインタビュー!
25歳にしてチーフ職に抜擢され、現在は社員やアルバイトの教育に全力を注いでいる彼女ですが、接客経験ナシで新卒入社をしています。

新卒から松屋で働こうと思った理由は?若手としてどのような働き方ができているのか?ぶっちゃけ、飲食業界で働くのって大変?
そんなアレコレをズバッと尋ねてきましたので、ぜひご覧ください!

後藤 厚子(ごとう・あつこ)
高校卒業後、2016年に新卒入社。調理ポジションを志し、「カルビの王様」や「焼肉特急」など多種多様な店舗を経験。現在は高級焼肉店「和匠肉料理 松屋」で、主に社員やアルバイトの教育を担うチーフ職として活躍中。
松屋の技術に惚れ込み新卒入社!調理は大好き、だけど接客は大の苦手…当時の課題を乗り越えたキッカケは?

ーー高校卒業後すぐに松屋へと入社した後藤さんですが、もともと飲食系を志望されていたんでしょうか?

後藤 厚子(以下、後藤):そうですね。ずっと料理をつくることが好きで、調理を仕事にしたい!と思って就職活動をしていました。
正直、当時はそこまで焼肉に興味がなくて…(笑)どちらかと言えば製菓に関心があったんですが、専門学校に進学してお菓子作りを学ぶよりも、とにかく早く調理現場で働きたい!という思いが強かったんです。
飲食業界のいろんな企業を見ていた中、松屋の職場見学でブロック肉のスライスをこなしていた社員さんが、もうとにかくカッコ良すぎて!気がついたら松屋に即応募、入社していました(笑)

ーー松屋に一目惚れしての入社ということですね!入社後はどのような経験を積まれたんでしょうか?

後藤:最初は大阪・藤井寺にある「カルビの王様」という、ファミリー層向けの焼肉レストランに配属となりました。
まずは半年間、キッチンに入ってひたすら調理を学ぶ日々。初めは修行としてひたすらネギを1ケース分切りまくっていました!今はオートのネギカッターが導入されているので、これから入社する人はこのような修行はないと思いますが(笑)
しばらくすると念願のお肉にも触らせてもらえて、大好きな調理もできて…とにかく充実した日々でした。

ーーイキイキとした表情からも、本当に調理が好きなんだと伝わってきます!その後も調理一本だったのでしょうか?

後藤:いえ、松屋の社員は調理と接客どちらも出来ないといけないため、残りの半年間は接客を学んでいました。
実は私、学生の頃から人と関わることに苦手意識を持っていて…。正直、接客ポジションに異動となった時は本気で嫌だったんです(笑)
でもいざ接客に挑戦してみたら楽しくて!「ありがとう」「美味しかったよ」など、お客さまのポジティブな声を直接聞けるのがすごく嬉しかったですね。
あとは「カルビとロースで迷っているんだけど、どっちが良いかな?」とお客さまから相談されることもあって。
そんな時に自分の知識を活かしてオススメの商品を紹介し、とても美味しそうに頬張ってもらえる。
自分がお客さまに携わったことでより美味しいものを提供できたという点に、大きなやりがいを感じることができました。

ーー調理の経験が接客に活かされ、また接客の経験が調理に活かされるという好循環ですね!

後藤:今働いている「和匠肉料理 松屋」では基本的に調理メインで活動しているのですが、接客時のあの感動は今の働きぶりにも影響しています。
当店にはお客さまのご要望に応じたオリジナルの品を、前菜〜デザートまで一品一品ご提供する『特選「のざき牛」和匠懐石コース』があるのですが、これもお客さまの感動をイメージしながら調理しています。
きっと接客が苦手なままだったら、ただ美味しいものをつくるだけの料理人になっていたと思いますが、自分の料理を楽しんでくれる人のことを考えてつくる。
その楽しさを知ることができて本当に良かったなぁと、今ではあの経験に感謝しています!

上司から受けた優しさは後輩へと繋いでいく。教育係として大切なのは、新人特有の目線を想像し尽くすこと。

ーー現在はチーフとして社員・アルバイトの教育に取り組まれていますが、どのような指導を心掛けていますか?

後藤誰かの苦手分野はきっちりフォローする、ということを心がけています。
松屋には調理・接客に関することがすべて記載されたマニュアルがあるので、基本はその内容通りにレクチャーしていくんです。
とはいえ、なかなかマニュアル通りに上手くできない方がいるのも事実。
そこで「あなたはここが苦手だからダメ」と放置するのではなく、「どうすればこの人の課題が解決するか?」と、教育担当としてまずは自分自身で熟考するようにしていますね。

ーー飲食業界にありがちな「背中を見て覚えろ」といった風潮とは180度違う指導法ということですね。

後藤:これは実際にあった例なんですが、食器や調理器具の洗い物が得意ではない新人さんがいたんです。
うまく洗い場を回すことができず、どんどん使用済みの食器類が溜まってパニック状態になっていて。
「どうしてそんな事態になってしまうんだろう?」とその人の動きをよく観察してみると、食洗機に入れる食器の量が少なかったんです。
「もしかして、一度の稼働で洗える食器量を把握できていないのかな?」と思い、食洗機の許容量を教えると一気に業務が改善したんです!
私のような中堅になると、食洗機で洗える量は知っていて当然なんですが、新人さんにとってもそうとは限らない。
視点を合わせて考え指導することの大切さが、とても身に染みた出来事でした。

ーー前回のインタビューに登場した小川さんも社員に寄り添った指導法を大切にしていましたし、松屋自体が1人ひとりを大切に育てる風土なのですね。

後藤:それは間違いないですね。私自身も上司から丁寧かつ優しさに満ち溢れた指導を受けているので、自然と後輩にも同じようなスタンスで接するようになっていると思います。
私は現在ディレクター(店長)を目指していて、そのためには今何をするべきかを上司との毎月の1on1でじっくり話し合っている途中。
「調理を極めながら教育スキルも高めたいし、その上でディレクターになりたいんです!」という欲張りな私の思いも、真正面から受け止めてくれて感謝しかないです!

ーーそのバイタリティ、素晴らしいです!ディレクターに向け、今はどんな取り組みに注力されていますか?

後藤:ディレクターの一つ手前の役職であるトレーナーを目指して奮闘しています。
上司との1on1では「トレーナーになるために、今月はこの内容を頑張ろう!」と目標を擦り合わせ、その達成に向け邁進しているところ。私と上司、同じ熱量で目標に向き合えています。
ちなみに5月の目標は、発注業務などのバック作業を他の社員に教え込むこと。
トレーナーになるための最低条件は「自分の後任となるチーフを育てる」ことなんですが、後藤さん以外にバック業務ができる人がいないよね、という話になって、この目標設定になりました。

ーー後任を育てるとは、またハードルが高いですね!もともと人と関わることが苦手な後藤さんにとって、なかなか難しい課題なのでは?

後藤:実際、最初はかなり苦戦しました。「このタイミングで仕事を振っても大丈夫かな?」など気を遣いすぎて、仕事を人に任せられないタイプなので余計に…。
でも今は「今日はこの仕事とこの仕事をお任せします!」と朝イチに言っちゃうことで、その人の好きなタイミングで仕事をこなしてもらうようにしています。
これで自分は声かけの気遣いで感じる精神的負担も少なくなるし、相手は仕事を自由にできてWIN-WINだなって(笑)
こんな工夫の繰り返しで、少しずつ目標達成に向けて頑張っている最中です!

従業員の豊かな生活を考え抜く姿勢に、会社への信頼が高まる日々。入社後の7年間で感じた松屋の変化とは。

ーー20代半ばにして大活躍中の後藤さんですが、ぶっちゃけ仕事でキツい思いをすることは多いですか?

後藤:正直、入社した7年前は「やっぱり他業界に比べて拘束時間が長いな…」と思う瞬間もありました。それでも飲食業界の中で見れば短い方だったんですけれどね。
でも今は「飲食業界だから仕方ない」という言い訳はせず、とにかく社員の負担を減らそうと企業努力をしてくれているのをヒシヒシと感じます。
松屋は1年に1度、会社としての目標を全社員に公開するのですが、ある年は上から2番目の目標として「社員の拘束時間削減」を掲げていたんです。
その改善策として社員の仕事をどんどんアルバイトにも振ることになったんですが、実際かなり楽になりましたね。
このような取り組みの結果、私が入社した時より2時間以上も拘束時間が減っているんです!
目標を掲げるだけでなくしっかり実行する。その熱量と誠実さに「松屋ってすごいなぁ」と感動しました。

ーー有言実行、さすがです。でも社員の仕事をアルバイトに任せるって、アルバイト側からの反発は出なかったんでしょうか?

後藤:いえ、みんな「わかりました!」って前向きに受け止めてくれましたね。
というのも、松屋の業務内容ってすべてマニュアル化されているので、手順さえ覚えれば誰でもできるんです。なのでみんな変にプレッシャーを感じることなく引き継いでくれました。
あとは社内SNSの「THANKS GIFT」の影響も大きいですね。SNSでは全店舗の雰囲気や社員・アルバイトの関係性を覗き見ることができるんですが、どの店舗を見てもみんな仲が良さそうで。
ちょっとしたトラブルもここを見ればなんとなく察して対処できますし、上司も「最近入ってきた中途社員の方、うまくやってる?」と定期的に声をかけてくれるので、円滑なコミュニケーションが取れていると感じます。

ーー松屋の魅力は人間関係の良さにもありますもんね!

後藤:社長が人と人の関わりをものすごく大切にされる方なので、社内イベントも豊富なんです。
3ヶ月に1回のペースで、各店舗の社員が集まる夜のバーベキューパーティーが開催されたり、入社5年目には焼肉の本場・韓国に研修旅行へ行ったり…。
もちろん費用は全て会社負担!社員間のコミュニケーションを活性化させながらも、プライベートなノリで毎回楽しんでいます(笑)

ーー美味しい焼肉にリフレッシュも兼ねた研修旅行…。プライベートもしっかり充実できる環境ですね!

後藤:松屋はとにかく社員の人生を豊かにすることを願って、それを行動に起こしてくれる組織だと感じます。
お金の話になってしまいますが…例えば2023年4月には、度重なる物価高を考慮して全社員一斉に月給がUPしたんです!
他にも決算賞与やお年玉といった臨時収入の多さも魅力で、中途入社の方は「こんなに臨時収入が多い会社は珍しい!」とよく驚かれている印象です。
あとは飲食業界では珍しく必ず4連休がとれますし、誕生日には3連休も付与されるなどプライベートを充実させる時間も多いですね!
ただただお金が貯まるだけでなく、そのお金を自分のためにしっかり使える時間が確保されているのが嬉しいです。

 

社長をはじめ、経営陣が与えてくれる底抜けの愛。「従業員にも幸せになってほしい」の言葉に一切の偽りナシ!

ーー松屋の魅力をたくさん語ってくれた後藤さんですが、松屋を一言で表すとどんな会社でしょうか?

後藤「社員を一個人として尊重してくれる会社」。これは間違いないです!
先ほどお伝えした給与や福利厚生もそうですが、人事評価制度もきちんと確立されているため「どういうキャリアを歩んでいくか」を明確に定められる点も安心できますね。
例えば「女性だからオープン〜ラストまで回すのは難しそう、だからチーフ止まりにしよう」なんて思惑は一切なく、「この項目をクリアできたから次はトレーナーをお任せします」という、竹を割ったように分かりやすい評価制度。
最近では育休も取得できるようになって、より働きやすい環境になっているなぁと感じています。

ーー最後に、このインタビューを見た求職者の方に対しメッセージをお願いします!

後藤:会社全体がその時々の企業課題を真摯に見つめすぐに改善へと動き出す姿勢があるからこそ、私自身も松屋という会社を信頼できますしこれからもついていこう!と思えます!
新卒入社の方でも3年目でディレクターに昇格する方がいますし、年齢や立場関係なく活躍できる風土です。
「飲食業界でイキイキと働きたい!」「心の底から社員思いな会社で働きたい!」そんな方はぜひ一度、松屋の扉を叩いてみてください!

株式会社松屋では一緒に働く仲間を募集しています

お客様と従業員の笑顔のため、今日も出発進行!焼肉店の“駅長”として目指す、心とお腹どちらも満たせるお店とは。

みなさん、こんにちは!松屋の採用担当です。
最強寒波が襲来するなど、体の芯から冷え込む日々が続いていますね…!体の内外からしっかり温まるために、みなさんはどのような工夫をされていますか?私は「焼肉をいっぱい焼いてたくさん頬張る!」といった方法をオススメしています♪

さて、前回の代表インタビューでは、松屋が掲げるビジョンとマインドを深掘りしましたが、今回はそれらを体現している現場の1つ、「焼肉特急」をフィーチャー!

採用担当の北村が「松屋に所属する店長の中でも、特にうちの理念を理解し実行してくれている」と太鼓判を押す「焼肉特急PREMIUM 長吉長原駅」の駅長、小川さんにインタビューを実施。

長吉長原駅の店内で、「駅長として大切にしていること」「松屋にしかない魅力」などをたっぷり語っていただきました。小川さんの熱いハートと茶目っ気たっぷりの笑顔をとくとご覧ください!

※焼肉特急では「〇〇店」を「〇〇駅」、「店長」を「駅長」と呼称しているため、当記事ではその呼び方に沿った表記をしております。

小川 覚志(おがわ・さとし)
2018年入社。高校卒業後すぐラーメンチェーン店に入社し、22歳で店長へ昇格。
店長として17年間活躍した後、現在の株式会社松屋に入社。入社後4ヶ月で駅長に抜擢、現在に至る。
ラーメンから焼肉へ。新天地でも店長として活躍できたのは、松屋の仲間たちが全力で支えてくれたから。

ーーまずは小川さんのこれまでを教えていただきたいです!

小川 覚志(以下、小川):高校を出てすぐ、豚骨で有名な某ラーメンチェーンに就職しました。ここに就職を決めた理由ですか?うーん…ラーメンは好きでしたが人並みレベルですし、これと言った決め手は特になかったかもです(笑)
とはいえ、やるからには成果を残そうと頑張った結果、入社して4年後に店長を任せてもらえました。そこからは退職するまでの17年間、ずっと店長一筋で活動しましたね。

ーー17年間もラーメン屋の店長をされたのに、また1からスタートしよう!と思った理由はなんですか?

小川:この先ずっと、店長として働ける未来が見えなかったからです。当時は週に1回しか休みがなく、勤務時はずっと立ちっぱなし。35歳を越えてふと将来を考えたときに、定年までやっていける自信がない自分に気がつきました。
そこで週休2日制のラーメン店に転職しようとしたんですが、どこもめちゃくちゃ給与が安くて…。そこそこのお給料と週2回のお休み。どちらも満たす企業が見つからなくて、当時はちょっと絶望しましたね(笑)

ーー飲食業界が抱える課題を感じますね…。そこからどうして松屋に入社されたんですか?

小川:諦めずに飲食業界で就職活動を続けていたとき、たまたま松屋の求人を見つけたんです。最初は月8日のお休みと充実した福利厚生に惹かれたんですが、そこに書かれていた採用担当の北村さんが書いたメッセージに強く胸を打たれて。
「松屋であなたの人生を輝かせませんか?」みたいな、ある種ありきたりな文章だったんですけど、なぜか目を離せなかったんですよね…。多分、その文章から北村さんの松屋に抱く熱い思いや愛が溢れ出てたんだと思います。実際、アルバイト時代を含め、50年以上を松屋と共に歩まれてきた方ですから!

ーーきっかけは条件の良さですが、無意識のうちに松屋のマインドに共感していたのかもしれないですね!入社してからはずっと焼肉特急で活躍されているのですか?

小川:そうですね。最初の1ヶ月は大阪・藤井寺にあるテイクアウト店で肉の切り方を教わり、そこから池田駅に配属されました。
ただ、私が池田駅に配属されてたった3ヶ月後に当時の駅長が異動することになって…。もうリーダーが変わっちゃうのか〜とどこか他人事のように見ていたのに、「次の駅長、小川さんね」と言われてびっくりしちゃいました(笑)

ーー入社半年未満での駅長就任、素晴らしいじゃないですか!それだけ小川さんが評価されていたということですもんね。

小川:そのことは非常に嬉しいのですが、当時はとにかく大変でした…!
ラーメン屋と比べて店員の数や店の大きさが段違いですし、タッチパネルやレジのエラー対処にもてんやわんやで(笑)
でも、私よりも歴の長い社員やアルバイトがとても手厚くフォローしてくれたお陰で、今はすっかり笑い話にできています!「これってどうすればいいのかな?」と尋ねたら、どれだけ忙しくても必ず丁寧に教えてくれて。
あと、他店舗の先輩に電話で質問することも多かったんですが、みんな快く対応してくれたんでとても心強かったし、嬉しかったですね。
前職時代もそうだったんですが、忙しい時はどうしても目の前のことに手一杯になっちゃって、新人が質問しても「なんで分からないの?」「あとで聞いて!」って、冷たくあしらってしまう人が一定数いると思うんです。とても悲しいことですけどね。
松屋の社員やアルバイトはまったくそんなことなくて、伸び伸びと成長することができました。

お客様が思わず笑顔になる仕組みがたっぷり!まるでびっくり箱のようなお店のヒミツとは。

ーー松屋に入社して約5年、焼肉特急で働いて感じるやりがいや楽しさってどこにありますか?

小川:どのお客様も、入店した時点で「めっちゃワクワクする!」といった笑顔を浮かべているところですね。
お子様連れのお客様が多いこともあって、まず特急レーンを見てびっくりされるんです。「お肉の電車が走ってる!」なんて全力ではしゃぐ子もいっぱいいます(笑)
店舗によってはお客様の待合室でファンシーなBGMが爆音で流れていたり、店内には吊り革や切符風の座席表、中吊り広告風のメニューが備えられていたり…。こんなの、ワクワクしないわけがないですよね!

ーー世界観の作り込みが半端じゃないです…!小川さんの格好も、よくある制服ではなく車掌のコスプレですもんね(笑)

小川:そうなんです!この服装もお客様からかなり好評で、お席に伺うと高確率で「駅長さんが来た!」とイジっていただけます(笑)
最初は恥ずかしかったですが、心から楽しそうなお客様を見たら、すぐに「嬉しい!」という気持ちに塗り替えられましたね。

ーー小川さんの幸せそうな笑顔がすべてを物語っていますね!お客様と従業員、どちらも楽しんで過ごせるお店だと伝わってきます。

小川:焼肉特急で働くだけで、常に笑顔と笑い声に包まれる。そんな環境だからこそ「もっとお客様に喜んでいただきたい!」とモチベーションが上がりますし、つられて自分も楽しくなっちゃいますね。
それと、コロナ禍になる前は四季折々のイベントも開催していたんです。
例えば父の日に「お父さんの素敵なところを1つ教えていただけたら、おひとつサービスします!」とお客様の席に伺ったりしていて。
すると、ちょっと反抗期中の娘さんも照れながら答えてくれて、それでお客様も私もほっこりして…。
今はできるだけお客様との接触を避けるようにと各イベントは中止していますが、そろそろお客様との触れ合いも解禁したいなぁ…とひそかに思っています(笑)

ーーどこまでもお客様の感動を追求する姿勢、まさに松屋に勤める社員の鑑ですね!

小川:焼肉特急の素晴らしいところって、来店した瞬間に「うわー!焼肉特急に来た!」といった、特別感に浸れるところだと思うんです。
まるでテーマパークに来た瞬間のワクワク感やドキドキ感。これから何が起きるんだろう?どんな思い出ができるんだろう?そんな期待感に包まれながら、最後はお腹も心も幸せになって「また来たい!」と思ってもらえる。
こんな焼肉店、いや飲食店は、焼肉特急くらいだと自負しています!

▲お肉を座席まで運ぶ特急列車(上)、切符風の座席表(左)、黄金の焼肉トングでできたシャンデリア(右)など、お客様のテンションを上げる仕掛けがたくさん!
「とにかく楽しみながら働きたい!」自分も含め、ココで働くみんながイキイキと笑顔で働けるお店へ。

ーーお店をマネジメントする立場として、社員とアルバイトへの指導ではどんなところを意識していますか?

小川:2つあって、1つ目は「その時の勢いで指摘しないこと」。これは先ほど話した、私が池田駅に配属された時の駅長から教えていただいたことです。
私はスピード命、しかも職人気質な人が多かった前職時代の影響で、気になることがあるとついついその場でバッと言ってしまっていたんです。
それを指摘されてからは、人前で叱責するなど周囲の空気に悪影響を及ぼすような行為は封印。
今は年に3回ある社員1人ひとりとの面談で、その時の課題や改善点を共有しています。

ーー17年間続けていた指導法を変えられる小川さんもすごいです…!2つ目はなんでしょうか?

小川:2つ目は「すべての行為がお客様の感動につながるように」という姿勢。お辞儀1つ、お肉の盛り付け方1つでも、なにかがお客様の心へと響くように取り組むべき、と伝えています。
「マニュアル通りに上手くできないんです…」と挫けてしまいそうになる人もいますが、そこで「何でできないの?」「もっと頑張れるはず」とは言いません。
今任されている仕事が隠し持っている楽しさに気がつくことができれば、一気に成長できると思っています。
でもそれって、私が教えるんじゃなくて自分で気づいてこそ。なので私はそこに気づける最後の一歩を後押しする、そんなスタンスで個人の成長を促しています。

ーーなるほど。あえて介入しすぎない、少し後ろから見守る立場で成長を促していると。

小川:とはいえ、私もまだまだなんですけどね(笑)実はめちゃくちゃ数字に弱くて、計算スピードも遅いくらいなんです(笑)
でも、「楽しく仕事をしたいなぁ」という気持ちは誰にも負けません。やっぱり、まずは自分が楽しまないとお客様も楽しめないじゃないですか。
「この店員さん、笑顔は少ないし声も小さいしで、なんだかしんどそうだな〜」と感じたら、どこか心の底から食事を楽しめないと思うんです。
私自身、お店のリーダーとして1番悲しいことは、社員やアルバイトが楽しくなさそうに働くこと。お客様と従業員、みんな同じくらい楽しんでほしいから、常に「どうしたらみんなが楽しく働けるお店をつくれるだろう?」と模索しています。

ーー悲しみの原因が「売上の低下」ではなく「笑顔がないこと」とは…。小川さんが北村さんお墨付きである理由が分かります。

小川:自分としてはまだまだだと思っているのですが、そう言っていただけるのはとてもありがたいです!
松屋の温かさって、こういう仕事の不出来だけで判断しない経営陣にもあると思っていて。
多分、私よりも売上にストイックで仕事が完璧な人ってたくさんいると思うんです。
それでも私を評価してくれる理由は、きっと「お客様の笑顔を1番に考えている」からなのかなと。
実際、私としてもめちゃくちゃ仕事ができるけど自分本位な人よりは、少しスキルが足りなくてもお客様の笑顔が第一優先!という人にスポットを当てたいな、と思っています。

ーー小川さんのもとで働いていると、常にポジティブな気持ちで働けそうです!

小川:私もそうですが、やっぱり人って褒められたいじゃないですか(笑)
苦手な分野を克服することも大事ですが、どちらかというとその人の得意分野をもっともっと伸ばしていきたいですね。
実際、松屋のエリアマネージャーもそういう考えの方ばかりですし、誰かの弱点をカバーしあえるような関係性を築けたら最高だなぁ、と常々考えています。

社長をはじめ、経営陣が与えてくれる底抜けの愛。「従業員にも幸せになってほしい」の言葉に一切の偽りナシ!

ーー小川さんが感じる、松屋の魅力を教えてください!

小川:松屋で働いていて素晴らしいなと思うのは、社長を含め経営陣の突き抜けた優しさとユーモアですね!
「お客様と同じくらい従業員にも幸せになってもらいたい」が社長のモットーなのですが、その言葉をそのまま行動に表してくれる人なんです。
例えば、賞与支給日には各店舗を1つずつ訪問して、なんと1人ひとりに手渡ししてくれたんです!
それにボーナス支給日がクリスマスの時は、わざわざサンタの格好をしてくれて(笑)アルバイトにはボーナスの代わりにプレゼントを配ったり…。
社長の「誰かを楽しませたい、感動させたい」という強い思いを感じて、思わず感動しちゃいましたね。

ーー「従業員にも幸せになってほしい」と言う人はいっぱいいても、そこまで行動に移せる方はそうそういないですもんね。

小川:そんな社長が率いる松屋なので、他の役員たちもみんな従業員への愛で溢れているんです。
年2回、各業態の店長が本社に集まる「成長支援会議」というものがあるのですが、そこでは社員1人ひとりが書いた成長記録シートが共有されて、「この人の課題はこれだから、次はこんなふうにアシストしていこう」と全員で考えていくんです。
その社員のことをあまり知らない役員や別店舗の店長も含め、みんなが自分の後輩としてその成長を考え抜く。その姿勢に毎回胸を打たれますし、社員として誇らしくなりますね。

ーー普段関わりのない社員のことまで真剣に議論するなんて、まさに愛がないとできないですね…!

小川:とはいえ、そこでもふざける時はふざけるんですけれどね(笑)
例えば、真剣な話をずっとして、いよいよ会議も終盤…という頃に突如アンケートが回ってきて。
なんだろう?と思って確認したら、「この後、月明かりを一緒に見に行ける方(=飲み会に参加できる方)募集!」って(笑)
エリアマネージャーはもちろん、社長と飲みにいくことも多いです。管理者が集まった飲み会ですが、仕事の話は全くしませんね。ずっとプライベートの話をして、オンオフともに楽しく過ごしています(笑)

世界中の人を焼肉で笑顔にする!その壮大な夢には、「楽しむ気持ち」が必要不可欠です。

ーーこのインタビュー記事を読んで、松屋に興味を抱いた方も多いと思います。小川さんとしては、どのような方に入社していただきたいですか?

小川:やはり「楽しく働きたい人」「人を笑顔にすることにやりがいを感じる人」だと嬉しいですね。
誰かの幸せのために行動して、かつ笑顔が素敵な人ってものすごく輝いて見えると思うんです。
なので「自分もそんな輝ける人になりたい!」と思える方だと、人としてぐんと成長できると思います。

ーーそれでは最後に、今後の目標をお願いします!

小川:個人としては、長吉長原駅で頑張る従業員のレベルアップにもっと貢献したいですね。
焼肉特急にとって必要な接客スキルや調理方法を全員がきちんと理解し実行できて、はじめて駅長としての役目を果たせると考えています。
あとは、今度行われる従業員研修の講師を任されたので、その成功も大きな目標!私の接客への愛が認められたが故の抜擢だと思うので、その期待に応えられるように頑張ります!
とはいえ、まずは何よりも「楽しく働くこと」。このマインドを忘れずに、たくさんの人を笑顔にしていきますよ!

株式会社松屋では一緒に働く仲間を募集しています

焼肉で世界を獲る。次なるマクドナルドやスターバックスを目指す、「肉の魅力」に取り憑かれた東大卒社長の素顔とは

幸せホルモンと呼ばれるセロトニンを多く含むことから、幸福の象徴として捉えられることもある食事ーー焼肉。

「人の金で焼肉が食べたい」という格言がネット上で拡散されるなど、日本人にとって焼肉はご馳走の代表格と言っても過言ではありません。

その起源は、第二次世界大戦後に広まったホルモン焼き屋台。在日コリアンを中心に次々と開店され、のちにロースやカルビなどの精肉も取り扱うことで現在の焼肉屋へと発展していきました。

その後は1950年代後半の高度経済成長期に合わせ、一般家庭にも焼肉文化が浸透。1991年には牛肉の輸入自由化により牛肉価格が急降下したことで、客単価2,000円前後の焼肉ファミリーレストランも登場。「牛角」や「安楽亭」などの低価格帯チェーンが数多く参入し、焼肉業界は成長の一途を辿っていきました。

2001年の牛海綿状脳症(BSE)問題の影響で、全国焼肉協会の加盟店約1,000軒のうち70%が売上前年比50%減と業界に激震が走るも、2013年以降は熟成肉と赤身を中心とした空前の肉ブームが発生。

その熱は糖質制限や筋トレブームなどの勢いも巻き込むことで今もなお続き、焼肉市場規模は2020年時点で店舗数約2万2,000軒、年商約1兆2,000億円を記録しています。

そんな激動の焼肉業界において、「株式会社 松屋」は1950年に焼肉ホルモン屋台を立ち上げて以来、業界を代表する老舗企業の1つとして邁進中。

創業時には、当時一般家庭ではほとんど食べられていなかった、横隔膜の筋肉部位を「ハラミ」として初めて販売。1964年には東大阪市大蓮にて「焼肉レストラン松屋」を開店。その9年後には完全味付焼肉のテイクアウト店をショッピングモールに出店するという偉業を達成するなど、日本の焼肉文化を切り開いてきました。

現在、当社の代表取締役社長を務める松山知弘は、創業者の祖父母から数えて3代目。今年度には過去最高売上の56億円を突破するなど、さらなる企業成長へと取り組んでいます。

しかし、松山が見据えるビジョンはただの増収増益ではありません。「世界No. 1企業を目指す」という思惑、そしてこれから松屋が歩むべき道のりを、松山本人の言葉で語っていただきました。

松山 知弘(まつやま・ともひろ)
1981年生まれ。東京大学大学院工学系研究科卒。
株式会社コーポレイトディレクションにて企業の経営戦略コンサルティングに従事した後、2010年に株式会社松屋へと参画。
お客様に感動を与え、仲間とその瞬間を共有することを何よりも愛する。新たな肉の食文化の創造と世界への発信・浸透が目標。
「この世の何よりも焼肉が好き」。焼肉への果てしない愛が導いた、家業を継ぐという一大決心。

ーー松屋は社長の祖父母様が創業されましたが、社長が次期後継者として意識されたのはいつ頃でしょうか。

松山 知弘(以下:松山):それで言うと、自分が松屋の後継者だと意識したことはあまりないんです。
先代である父からは、1度たりとも「家業を継げ」と言われたことがありません。
幼少期の頃から、私がしたいことを何よりも尊重してくれる教育方針だったこともあり、よく聞く「家業だけに染まる人生」とは無縁でしたね。

それもあって、大学時代までに抱いていた私の夢は、サッカー選手と映画監督、そして物理学者だったんです。元々好奇心旺盛な性格ですし、当時からやりたいことは無限大にありましたから。
最終的にはビジネスパーソンになる……つまり一般企業に就職するという気持ちを固め、当時最も興味を惹かれたコンサルティング業界への入社を決めました。

コンサル業界を選んだ理由は色々あるんですが、単純に見てきた業界の中で1番面白そうだと思ったからですね。本当に、良くも悪くも自分のやりたいことに身を投じるタイプの人間なんです。

ーー全く家業と関わりがない道のりですが、そこからなぜ松屋の3代目に?

松山:コンサル企業で地道に実績を積んでいく中、29歳の時にふと「将来どうやって生きていこう?」と疑問に思ったんです。
経営戦略立案やM&A関連業務など、間接的に企業経営に携わるという日々に充実を感じてはいましたが、これからの人生ずっといちコンサルタントとして働き続けるというイメージも湧かなくて。

そこで2つの選択肢を自分の中で作ったんです。今働いている会社の次期社長を目指すか、一念発起して起業するか。どちらにせよ、「事業家になりたい」という夢が明確になった瞬間でした。

ーーなるほど。3代目社長に就任する根底には、その夢があったんですね。

松山:とはいえ、すぐに家業を継ぐという思考にはなりませんでした。それこそ最終的には「1から起業しよう」と決意したくらいです。
実際に会社を立ち上げるにあたって「人生をかけて経営できるモノはなんだ?」とひたすら考え抜いたのですが……そこで真っ先に頭に浮かんだものが、自分でも驚いたのですが焼肉でした。

私は実家が焼肉屋だからとかは一切関係なく、1人の人間としてめちゃくちゃ焼肉が大好きなんですよ。
「好きな食べ物は焼肉です」というレベルではなく、それこそ各地域の食べログに掲載されている焼肉店すべてに足を運ぶほどです。
大学と社会人時代に住んでいた東京なんて、行っていない焼肉屋の有名店は1つもないはず。社会人として得ていた給料も全て週末の焼肉で使い切り、それこそ北海道から沖縄まで、旅行のたびに有名な焼肉店を訪問していたくらいです。

ーー想像を絶する焼肉愛をお持ちだったんですね……!そこから家業につながると。

松山:そこまで思い至った時、「ああ、いろいろ食べてきたけれど、結局実家の味が1番好きだなぁ」と思い出したんですよね。
松屋が創業当時からこだわる「秘伝のたれ」にくぐらせた、肉の甘みたっぷりのハラミやロース……。まさに天啓のごとく、「肉を食べるという喜びを日本中に広めたい!」と強く思ったんです。

そう自覚するや否や、すぐさま東京から大阪の実家へと戻り、当時の社長であった父に「入社させてほしい」と頭を下げました。
父からすれば青天の霹靂すぎて、腰を抜かしそうになっていましたが(笑)結果こうして快く継承してくれて、本当に感謝しかないです。

今思えば29歳で焼肉業界にシフトチェンジしたなんて、29=ニクで縁起が良いなと。これも運命なのかと思いました。

なにか1つでも、お客様の心に残るお店を目指して。飽和状態の外食産業で、唯一無二の幸せを探し求め続ける。

ーー3代目社長として、1番大事にしている軸はどこにあるのでしょうか。

松山「食事の瞬間を、より幸せだと思えることにチャレンジしたい」という、私の根本からの願いですね。
ただ美味しいだけの食事でもお客様を笑顔にできるかもしれませんが、私が追求する目標は「唯一無二の幸せ」というギフトの供給です。

飲食店って、日本に50万店舗以上あるんですよ。コロナ禍で大幅に落ち込んだ外食業界ですが、それでも18兆2,005億円(2021年当時)の規模を誇る巨大市場です。
もちろんそれぞれの店舗に存在意義がありますし、店主の思いがこもっています。けれど私は、その50万店舗の中で「よくある普通のお店」という枠組みに収まってはいけない……つまり、周りと同じものの提供では、本当の幸せを提供できているとは言えないと思うんです。

例えば定食屋のよくある野菜炒め1つでも、「この一瞬のお昼ご飯で、どうやって感動を味わってもらうか」を意識したいんです。
「このもやし、めちゃくちゃシャキシャキやん!」「この店員さん、笑顔が輝かんばかりに素敵!」とか。そういう小さな違いでもいいから、「何か違う」を体現したいですね。

ーー確かに、特急レーンで焼肉を提供する「焼肉特急」など、お客様の目を引くものが多いですよね。

松山:確かに「焼肉特急」のような奇抜な業態ばかり注目されがちですが、別にイロモノ的な露出が目的ではないんです。食事を幸せな時間に変えるための手段が、偶然あのような形であっただけで。

とはいえ、やっぱり食事の時間は楽しいに越したことはありません。食事の回数は1日3回。しかも1年は365日と限られている。その中で外食、しかも焼肉を選ぶって、とてつもなく貴重な1回だと思うんです。
その重要な1回で経験したことのない幸せを体験し、何度も足を運んでもらえるお店を生み出していきたいですね。

圧倒的なブランディングで世界を獲った、外食産業の巨匠に続け。専門市場の創出を目指し、松屋が掲げる理想とは。

ーー人の心に深く刻まれる店舗づくりを目指す社長ですが、松屋は今後どのように成長していくのでしょうか。

松山「これまでにない食文化・食体験の創造」が私の最終ゴールです。それはつまり、日本ひいては世界中の人々に、今はまだ誰も知らない食の体験を根付かせるということ。

そういう意味で、私がベンチマークしている企業は「マクドナルド」と「スターバックス」です。
ハンバーガーもサードプレイスでのコーヒーも、現代の日本人にとって「そこにあって当たり前」の文化ですよね。でもその意識が根付いたのって、ここ50年以内のことなんです。

マクドナルドの日本1号店が誕生したのは1971年ですし、スターバックスに関しては1996年に日本初上陸を果たしました。たった50年から25年の間で、こんなに分かりやすく新しい食文化というものを根付かせることが可能、という証明に他なりません。

ーーなるほど。食文化におけるニューノーマルを生み出すことは、決して夢物語ではないと。

松山:ただ、こう言うと「飲食業界のトップを目指すなんて、無謀にも程がある」と笑われるかもしれません。けれど私は大真面目にその領域を見据えています。

とはいえ、世界を股にかける彼らの経営戦略をそのままコピーすればいい、というわけではありません。松屋は全国33店舗というまだまだ発展途上にある企業ですし、まずは日本一を目指さないと話にならないですしね。

ーーとはいえ、数多くのチェーンの台頭で、焼肉業界は調べ尽くされた気もします。

松山:確かに、「焼肉なんてもう成熟しきってるじゃん」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、それは大きな間違いです。完成しきった食なんて存在しないと私は思っています。

例えば、グルタミン酸がうま味成分として認知されたのは「味の素」が研究したから。手軽に安くイタリアンが食べられるのは「サイゼリヤ」がそのお手本を示したから。
今は常識となっている食文化だって「元々そこにあったけれど、それをさらに深掘りしたもの」なんです。

だったら松屋には何ができるだろう?そう考えると、私の頭の中で無限大のアイデアが溢れてきて止まりません。
圧倒的コスパの良さとエンタメ性を掛け合わせた「焼肉特急」に、焼肉と和食のマリアージュで生まれた「和匠肉料理 松屋」。家族でワイワイ気軽に楽しめる昔ながらのファミリーレストラン……。焼肉にプラスアルファの付加価値をつけるだけで、焼肉の持つ可能性は無限大に広がっていきます。

食べ放題一辺倒になりがちの焼肉業界を、このように斜めから見ることでどんどん改革していきたいですね。

ーー世界No. 1の企業に向けて、取り組むべきことは多いと言うことですね。

松山:世界を見据え、アクセル全開で進み続けることは間違いないです。ただ、飲食業界ってどうしてもブラックだと思われがちですし、実際に疲弊している業界人も多い。

しかし、私はそういった業界の至らなさも改善していきたいんです。お客様の幸せは、飲食業界で働くスタッフの幸せがないと始まりませんから。
熱い思いで焼肉、ひいては飲食業界に向き合い続ければ、日本の外食産業はもっともっと明るいものになると信じています。

ーー確かに「飲食業界は休みが少なくブラックだ」と言われることも、残念ながら多いです。

松山:ええ。これだけお客様を幸せにしたいと謳っておきながら、その幸せを提供する社員は疲弊する一方だなんて、そんなの悲しすぎるじゃないですか。

私が社長になってから実施した「月8日以上の休日」や「年2回の4連休制度」なども、ただ単に飲食業界をホワイトにしたいという思いだけで生まれたわけではありません。
社員それぞれの大切な人との時間もきちんと確保し、お客様と同じくらい自分の人生も豊かにしてほしい。そう心から願うからこそ、社員の人生が職場の中だけで完結しないよう、取り組みを進めています。

ーー松屋のもう1つの目標「世界一ありがとうがあふれる会社に」も、その1つということでしょうか。

松山:もちろんです。先ほど「職場だけで人生を完結してほしくない」とは言いましたが、家族・友人・恋人の誰よりも同じ時間を共に過ごす人って、実は同じ職場で働く仲間たちなんですよね。
だから、職場での幸福度って、他の何よりも人生の幸せに直結していると思うんです。
なのに自分の不機嫌をそのまま態度に出す人や、アルバイト・社員に1人の人間として向き合わない人ばかりだと、幸せどころか仕事が苦痛で仕方ない。
逆に、1人ひとりに向き合って「ありがとう」と感謝を伝え合う職場だったらどうでしょう。「ありがとう」と言われて嬉しくない人なんていないはずです。

感謝の循環とよく言いますが、お皿を取ってくれたこと、元気に出勤してくれたこと、そんな小さなことでも1つひとつ「ありがとうね!」と伝えられる関係性を築くことで、毎日の仕事が少しでも上向きになる。すると今度は「この幸せな気持ちをお客様にも向けよう」という思考につながっていく。
それが最終的に、「やって良かった」という充実感や、職場での幸せを生み出す。自分の幸せは誰かの幸せと地続きになっていると、そう確信しています。

ーーお客様と社員、どちらも幸せにできる共通項が「ありがとう」の気持ちということですね。

松山:「この人たちと一緒に仕事ができてよかった」「この人たちとだからこそ、素晴らしい体験ができた」。そう思える環境を極めることで、さらなる挑戦へと果敢に取り組めるはず。
松屋が世界No. 1の企業へと成長するために、私はあらゆる「幸せ」を追求していきます。

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